【part3から続く】
口開けに入ったためか、残念ながらオーナーバーテンダー氏は不在。
サブと思しき3人の若手バーテンダー氏たちが応対してくれた。
アイラ系モルトでも有名なBARだが、外の暑さと相まって。
オレは自分勝手で一方的な期待と共に、最初の一杯は。
「あえて」ジントニックをオーダーした。
オレの期待、それはアイラ系のジン。
アイラ島初、そして唯一のドライ・ジン。
それが供されるのでは?というものだった。
また。「あえて」としたのは当時のテレビドラマや漫画で、
初めてのBARで最初の一杯に注文すべきはジントニック。
こんな話が世間に広がりつつあったからだ。
同時にジントニックはシンプルでアルコール度数も低く、
だからこそ簡単に見えて奥が深く作るのは難しいともされていて。
BARで最初の一杯として「口を整える」にほど良く、
バーテンダー氏の腕試しにもなる、という話は以前から知っていた。
たしかにシンプルなカクテルは、それゆえに奥が深い。
たとえばマティーニは、
シンプルに2種類の酒を混ぜて作るが。
「カクテルのAにしてZ」入門にして卒業とされている。
またウィスキーの水割りも、水とウィスキーの2種類を混ぜる。
その点、どんな酒の水割りもお湯割りもすべてカクテルの一種だ。
ジントニックも、ジンとトニックウォーターの2種類。
ジンは何を使いトニックは何を使い、あとは混ぜ方次第。
シンプルだからこそレシピに大きな幅があり、
客の好みとバーテンダー氏の作り方で千差万別に大きく変わる。
しかし・・・この日。
オレはバーカウンターが似合うタフさも、やさしさもなく。
BARで「おまかせ」はしない方が良いと自分で話しておきながら。
ヤラかした・・・。
タフでやさしいとは、あいまいさを受け入れるしなやかな心。
自分や他の人のいいかげんさに「ま!いいか!」を出せる考え方。
BARなら自分一人の時間や空間を大切にしながら。
カウンターに同席した他の人の時間や空間も邪魔しないこと。
バーテンダー氏が他のお客のオーダーをこなしている時には、
自分のオーダーをしばらく待つゆとりを持つこと。
仮に自分が馴染みのBARてあっても、いや馴染みだからこそ。
後から来た他の人に、自ら席をつめたり、ゆずったりすること。
オレはバーカウンターでは、こんなことを心がけて。
BARライフを楽しんでいたが・・・。
この時、一見のこの著名なBARのバーカウンターで。
目の前にいるサブのバーテンダー氏を試したい欲求にかられ、
「あえて」ジントニックを好みや意図を伝えず「おまかせ」した。
さらに。サブのバーテンダー氏もジンの好みを聞くこともなく。
また「当店では〇〇というジンを使っていますが・・・」と。
同意を求めることも説明もなく、意思疎通がないまま。
コミュニケーションが進まなかったことも重なった。
テレビで見たグラスに合わせ氷のカタチにまでこだわり、
一杯を供した後、お客がどんな表情をするか気配りを欠かさない姿。
そんなオーナーバーテンダー氏のスタイルが感じられないまま、
ジンへの勝手な期待は肩透かしのカタチで1杯目が出された。
要するにオレの期待や好みや口に合わなかっただけだが、
隣ではツレもまた別のカクテルで首をかしげていた。
「一杯でいいや、帰ろう・・・」というツレを押し止めて。
もう一杯だけ、今度はアイラ系のジンをこちらから指定。
手際よく2杯目のジントニックは供された。
結果・・・オレもツレも早々に2杯目を飲み干すと。
何も言わず、そのBARを出た。
オレは銀座だ、田舎の地方都市だといった話でなく。
言うまでもなく、BARが立地や場所で決まるはずもなく。
改めて「BARはバーテンダー氏によって大きく違う」と思い知った。
そう。客であるオレの嗜好と期待と。
プロであるバーテンダー氏との相性。
あとはバーホッパーの居心地の良い止まり木として、
バーカウンターのあつらえくらいか。
これが40年を超えるBARとの付き合いで出した、
オレのBARの基準、気に入るかどうかのポイントだ。
この日オレは、もう一つ。
BARでのバーテンダー氏の仕事と同様に。
どんな職種の日々の仕事もまた。
人と人との相性、お客とプロとして仕事をする人のマッチング。
これがAにしてZ、始まりにして終わりだという意を深めて、
自分の仕事でも大切にしてゆかなければと気づかされた。
同時にプライベートの人と人の付き合い、友人、仲間、
恋人というものも相性につきるだろう。
今宵も、相性の合うステキなヒトをエスコートして。
オレはバーカウンターのスツールに身を滑り込ませる・・・。
そんなトニックの泡のように淡い夢を見ながら、一人寝の夜。
「大いなる眠り」ならぬ、
小さな眠りにつくことにしよう。
【第1話 終了】