オレの名前は波間真亜路(ハマ・マアロ)。
波の間をさまように生きてる男だ。
ダチは下の名前でマーロウと呼ぶ。
水を巧みに操る昼の水商売、空気も自由に操る商売、
設備屋でお天道様が出ているうちはビチッ!と働き。
夜はバーポッパー、バッタのようにBARを渡り歩く。
これがオレの人生のすべてであり、生きがいだ。
これから時おり、このコラムに密かに侵入して。
自由気ままに好き勝手にBARや酒の話をするつもりだ。
もちろん酒やBARに興味がない、キライなら読まなくてイイ。
酒が飲めなくても、BARのような空間が好きなら読めばイイ。
オレも自由なら、読み手も自由なのが当たり前だろう。
さてさて。今宵はどの話からしようか。
そうだな、あれはもう5年ほど前だった・・・。
そのBARは、人目を避けるように裏通りにあった。
小さな看板がポツンと、夜のとばりを背景に輝いていた。
銀座でも老舗中の老舗と言われるBAR。
小雨の降る日だった。
通りに面した木製ドアは。
開ける者の勇気を試すように、
物音一つ漏らさず静かに佇んでいた。
しかしドアを開けた瞬間、笑い声や話し声がかすかに耳に届く。
その声に導かれるように、地下への階段を降りていくと。
内扉の向こうは、大勢の人たちであふれんばかりだった。
「お二人ですか?こちらへどうぞ、ちょうど先ほど空いたところです」
フロア・スタッフ氏が声をかけて来た。
案内されたバーカウンターのスツールに身を滑り込ませる。
幸運なことに。
御年70歳は超えるであろう、オーナー・バーテンダー氏の目の前だった。
早速、来店目的の一つ。
モスコミュールをオーダー、切れの良い一杯を味わう。
もう一杯。ある有名な作家が好んで飲んだと言われている、
このBARの名物カクテルを半分ほど空けた時だった。
男性はオレと同じ50過ぎ、女性は30代といった感じの二人連れが、
2組はさんだ左隣のカウンターに陣取った。
はしゃぎ気味の女性と連れの男性の会話が、聞くとはなしに
「ここが、あの有名な・・・」と聞こえてくる。
何やら男性がこの女性を誘って、ここに連れてきたことが理解できた。
そしてやや大きな声で話しているな・・・と思った次の瞬間だった。
「何か、おススメはあります?」と一言、
近くにいた若いバーテンダー氏に彼女が告げた。
アッ!・・・オレは内心叫んだ。
案の定、そのふたりには聞こえないように、
しかし近くにいたオレには聞こえるくらいの声で。
オーナー氏が「うちは定食屋じゃないんだがね・・・」
とつぶやいた・・・。
【part2へ続く】※画像はすべてイメージ画像です※