コロナ前の昔の話・・・。
初夏と呼ぶには暑い夜。
老舗クラブが軒を並べ地元では有名な飲み屋街。
表通りから2人並んで歩くにはやっとの裏路地に入る。
妖しい得体のしれない看板が両側にひしめき合い、
日本語がたどたどしい女性たちがたむろしている。
いつもなら南方系の甘い匂いをさせながら。
何かと話かけてくる女性たち。
今夜は見定めるような視線を送りながらも、
ツレが醸し出す雰囲気に気おされたのか。
静かにオレたちを通してくれた。
シロウトの女性が一人で通るには、
勇気が試されるような裏路地の一角。
そんな風景に溶け込むように、
そのBARは佇(たたず)んでいた。
「いらっしゃいませ、お久しぶりです。」
狭い路地に面した和風のおもむき。
その引き戸を開けると落ち着いた声が出迎えてくれた。
店主である若きバーテンダー氏に、ツレは上手にニコリと微笑みながら。
オレはマネしようとしたが、結局は不器用な笑顔を浮かべただけで。
オレたちはいつものカウンターに身を滑り込ませると。
いつものように同じ一杯をオーダーした。
「モヒートを・・・。」
そう。オレとツレは夏ともなればモヒート中毒になる。
モヒートが評判と耳にすると銀座、六本木は言うに及ばす。
いろいろな街でバーホッパーを繰り返していた。
中にはグラスを派手に飾り付け、数十種類ものモヒートに
似て非なるカクテルをウリにしている店もあった。
またある著名なオーナー・バーデンダー氏のBARでは。
2杯目にモヒートをオーダーしたツレに。
留守を預かるサブ・バーテンダー氏が。
「ウチのモヒートはミントでなく銀座のBAR数店が共同して。
銀座のビルの屋上で育てたキューバ原産ハーブを使って・・・」
と語り始めたが。
オレたちはすでに、他の馴染みのBARで耳にしていた上に。
1杯目のジントニックに、ストレスを溜めていたオレは。
本来のモヒートがミントを使ってないくらい知っている、と。
サブ・バーテンダー氏の話を遮(さえ)ってしまった・・・。
その瞬間、年甲斐もなく余分なことを言ったな、と後悔したが。
となりのツレは表情一つ変えることもなく、黙ったままだった。
「伸びて欲しいと期待している人やお店には言うけれど・・・」
この時。こんなツレの口グセが、ふと頭に浮かんだが。
その日以来、オレとツレは・・・。
二度とこのBARのドアを開けることはなかった。
【part6へ続く】