【part5から続く】
その点、このBARは。
銀座の煌びやかさもなく、ごく普通の地方都市で。
静かに明かりを灯している小さなBARだったが。
そこの若きバーテンダー氏は、
見事にオレとツレの期待に応えてくれていた。
見た目の飾り付けや外国産ハーブをつかっていることを誇ることもなく。
店構え同様、地味な印象のグラスに自家製ミントを惜しげもなくつかう。
何よりも、バーテンダー氏の手間ひまを惜しまぬ丁寧な仕上げぶり。
これに勝るモヒートは、どこのBARでも。
経験したことがない至極の一杯だった。
ある日のこと。
いつものようにモヒートを堪能していると。
「BARに来て話されたこと、また誰とお出でになったかも、
外へ一切漏れることはありません。それがBARです・・・。」
後から入って来た慣れない雰囲気の女性二人連れに。
若きバーテンダー氏はこう語りかけていた。
昔からあるこのバー文化の一つ。
世間の肩書や手垢をBARには持ち込まない
そしてBARの出来事は世間に持ち出さない
これはオレが「師匠」と仰ぐベテランバーテンダー氏も。
隣町の今は亡きマイスター・バーテンダー氏からも。
まだガキの頃、よく耳にした話でもあった。
BARは自分のツレと好みの一杯と共に。
気兼ねなく、心からくつろぐためにある。
BARでは、いや酒場では。
老いも若きも、男も女も。
たとえ友人が誰かと来ていも、紹介されない限り。
ツレのことは聞かない、詮索なんか以ての外だ。
そのような客同士の距離感や雰囲気を保つのも。
オレはバーテンダー氏の大事な役目だと思う。
そういえばある日、地元のとあるBARで。
とある男とカウンターで出くわした時のことだ。
この店のバックバーに何種類かあるボトルと同じ銘柄。
ネットで手に入れたウィスキーを持ち込んできた彼は。
初対面のオレにススメて来た・・・一杯どうかと。
尊敬している先輩に連れられて初めて来店して以来。
何回か通っていたが、オレは常連というほどではない。
かたやこの御仁は、バーテンダー氏との会話から。
常連客らしいな、とオレは感じていた。
見たところ、オレよりだいぶ若く。
正直なところ、BARにも酒にも。
経験や見識が浅い、そんな人物に思えた。
「弱った人だな・・・」と心の中で思いながらも。
オレくらいの年ともなれば、ツラの皮も厚くなる。
心の中を気取られないように断ってみるのだが。
バーテンダー氏にショットグラスを用意させ始めた。
「まぁ仕方ない、常連の顔を立てておくか・・・」と。
妙な気遣いを持ったことをオレは後で後悔した。
飲んだウィスキーは、オレの好みと比べて。
あまりに甘く、まるでチェリーのようだった。
【part7へ続く】